更新日:2016年09月01日

町指定文化財

乾坤院山門

【乾坤院山門】
(けんこんいん さんもん)

天和2年(1682年)建立。3間1戸の二重門で、屋根は入母屋造りで銅瓦葺となっていますが、当初は茅葺又は檜皮葺であったと思われます。2階は周囲に回廊をめぐらし、正面中央に桟唐戸が設けられています。全体に禅様式で統一され、小規模ながら県内の数少ない二重門として貴重な建物です。

乾坤院総門

【乾坤院総門】
(けんこんいん そうもん)

全体に木柄が太く、比較的大型の薬医門。江戸時代前期の門で、曹洞宗伽藍の総門として建てられたと思われます。

阿弥陀如来図

【阿弥陀如来図】
(あみだにょらいず)

麻本著色の雲上阿弥陀如来来迎図で、虫供養の際に掲げる本尊仏です。軸の裏書には慶長7年(1602年)・寛文11年(1671年)・元文5年(1740年)・文化7年(1810年)に 表装の修復がなされたことが記されており、江戸時代以前から虫供養の本尊仏として掲げられていたことが分かります。

阿弥陀如来画像

【阿弥陀如来画像】
(あみだにょらい がぞう)

頭髪以外は後世の補修を受けず、当初の姿をとどめており、着衣には細かい截金文様が施されています。旧臨江寺の什物で、年代は室町時代(15世紀)と思われます。また、この画像は森岡地区が当番の虫供養行事の際に、掲げられています。

薬師如来立像

【薬師如来立像】
(やくしにょらい りゅうぞう)

高さ96.5センチメートルの木像で、肉髻高く、肩の張りもあって鎌倉時代の作と考えられます。安徳寺境内に残されている石碑によると、往古には藤江字須賀にあったが、延享元年(1744年)に 村人が発願して堂を建立して祀り、1746年に21日間の開帳供養をしたとあります。

だんつく古面

【だんつく古面】
(だんつく こめん)

毎年、藤江神社で秋の祭礼に「だんつく」と呼ばれる獅子舞が奉納されます。素盞鳴尊が八岐大蛇を退治する場面を演ずる舞で、だんつく古面は素盞鳴尊役がかぶる面です。記録によると2面が江戸時代の作、1面が明治時代の作です。

正宗短刀

【正宗短刀】
(まさむね たんとう)

長さ1尺5寸2分(約45センチメートル)。刀身の表に「奉寄進入海大明神」、続けて茎(なかご・刀身の柄に入った部分)に 「元和三年(1617年)丁巳 正宗」と刻まれています。 裏には「尾張国知多郡緒川住人都築忠兵衛」と寄進者の名が刻まれています。短刀と呼ばれていますが、小脇差の長さがあります。

長船長刀

【長船長刀】
(おさふね ちょうとう)

長さ2尺4寸5分(約74センチメートル)。表の鎬地(しのぎじ)に「八幡大菩薩」の文字、裏に凡字が刻まれています。また、茎(なかご)には「備前国住人長船与三左衛門尉祐定作 永正八年(1511年)二月吉日」と刻まれています。この長刀は1894年、入海神社氏子で緒川村の竹内孫右衛門が寄進したものです。

切支丹灯籠

【切支丹灯籠】
(きりしたん とうろう)

越境寺の奥庭にある石灯籠で、切支丹灯籠と呼ばれています。材質は、竿・笠ともに天城石で、やや上部が太り、上に笠が乗っています。笠は天に擬宝珠を置き、なだらかな八角形に広がっています。円柱には十字架の模様を貫き、内部は広くくり抜いて火袋としています。

常夜灯

【常夜灯】
(じょうやとう)

藤江神社前の須賀川堤に建てられ、火袋台には「象頭山金毘羅大権現」の文字が刻まれています。金毘羅大権現は航海の安全を守る神であり、夜間の航行の目印にもなり、海上安全祈願のために建てられたものです。また、年代は寛政10年(1798年)で、台石に「常夜燈 寛政十戊午年三月吉日」とあります。

藤江神社八ッ頭舞楽龍頭の面

【藤江神社八ッ頭舞楽龍頭の面】
(ふじえじんじゃ やつがしらぶがく りゅうずのめん)

八ッ頭舞楽は「だんつく」とも呼ばれ、毎年藤江神社の秋の祭礼でだんつく獅子舞が奉納されます。龍頭の面は皮革製で、裏に「奉修理 享保七年寅年 藤江神社 御神宝」の修理銘があることから、享保7年(1722年)以前に藤江神社に伝わったことが分かります。

緒川村慶長検地帳

【緒川村慶長検地帳】
(おがわむら けいちょうけんちちょう)

慶長13年(1608年)に幕府から尾張国内の総検地を命ぜられた伊奈備前守忠次によって行われた緒川村での検地の記録です。この時検地された田畑を本田畑といい、江戸時代を通じてこの慶長検地帳が本田畑・屋敷地の基本台帳となりました。

明徳寺川水論文書

【明徳寺川水論文書】
(みょうとくじがわ すいろんもんじょ)

江戸時代、明徳寺川の下流域で新田開発が盛んになると水不足が深刻となり、緒川村と石浜村の間に長年水争いが続きました。元和7年(1621年)の石浜村へ申し渡した奉行衆の裁定が、その後の石浜村の水利権の根拠となりました。明治20年の舟木池の完成により200年余り続いた紛争は終了しました。関係文書のうち12点が指定文書となっています。

生路村方文書

【生路村方文書】
(いくじむらかた もんじょ)

生路区には数多くの近世文書が保存されており、それを一括して指定したものです。江戸時代の生路村の様子を知る貴重な史料であり、絵図や人別改帳・新田検地帳・庄屋の留帳など、数百点にのぼります。

金鶏山古墳出土品

【金鶏山古墳出土品】
(きんけいざんこふん しゅつどひん)

古墳は横穴式石室を持つ円墳で、森岡字段上の旧八幡社境内にありました。大正時代この地は森岡尋常小学校用地となり、1930年、校地拡張のため古墳は取り壊されました。この時出土したフラスコ瓶2点・長頸壺・平瓶・有蓋高坏各1点が残っており、年代は6世紀半ばのものと7世紀代のものがみられます。現在、郷土資料館で展示しています。

村木神社おまんと祭りの馬道具

【村木神社おまんと祭りの馬道具】
(むらきじんじゃ おまんとまつりの ばどうぐ)

飾り馬に用いる馬道具で、鞍(くら)・標具(だし)・水引(みずひき)・鼻当て・障泥 (あおり)・尻駄負(しりだおい)・首鎧(くびよろい)の8点が指定されています。天保7年(1836年)に製作された標具は、唐獅子と牡丹の彫刻が施された精巧なものです。水引・障泥(あおり)には安政3年(1856年)の銘とともに、下絵の作者名も記されています。これらは一連の揃ったもので、記年銘をもつものとして貴重です。

村木神社おまんと祭りの馬道具
伊久智神社神楽

【伊久智神社神楽】
(いくぢじんじゃ かぐら)

伊久智神社の神楽は、慶応3年(1867年)頃の始まりと伝えられています。生路地区には南組・北組があり、南組は三河の高浜から伏見流を、北組は同じく吉浜から朝日流を伝習したといわれています。以来、南北組が共同して奏楽社をつくり神楽を伝習し、現在は保存会を結成して正月や秋の祭礼などで奉納を行なっています。

森岡の村木神社おまんと祭り

【森岡の村木神社おまんと祭り】
(もりおかの むらきじんじゃ おまんとまつり)

東浦町内の各地区の秋の祭礼では、おまんと(駆け馬)が行われています。森岡の村木神社で行われるおまんとは、他の地区に比べて馬の数も多く、規模が大きいものです。また、保存会の組織も確立されており、祭りの伝統が継承されています。

緒川城址

【緒川城址】
(おがわじょうし)

緒川城は水野貞守が文明年間(1469年~1486年)に築城したと伝えられ、忠政や信元ら水野氏の居城になりました。緒川の比高8メートルの台地に築かれ、絵図によれば主郭は東西83メートル、南北95メートルの平城でした。忠政の娘で、徳川家康の生母於大の方(伝通院)が生まれた所でもあります。城址内には於大の方出生地の碑が立っています。現在は主郭の北東部の土塁の一部が残され、公園となっています。

村木砦古戦場

【村木砦古戦場】
(むらきとりで こせんじょう)

天下統一を志していた今川義元は尾張に勢力を伸ばし、知多半島北東部の村木(現東浦町森岡)に砦を築きました。危機に直面した緒川城主水野信元は、天文23年(1554年)1月24日、織田信長の援軍を得て村木砦の今川軍を打ち破りました。八剱社の周辺です。

水野家四代の墓所

【水野家四代の墓所】
(みずのけ よんだいの ぼしょ)

水野家の菩提寺である乾坤院の境内西に水野家中興の祖の水野忠政の墓があり、 その南1段下に緒川高藪城に入った忠守(忠政の子)、下総の山川城主となった忠元(忠守の子)、正保2年(1645年)に岡崎城主となった忠善(忠元の子)の3代の墓が並んでいます。忠政の墓は花崗岩製宝塔であり、3代の墓はいずれも高さ約3メートルの堂々たる五輪塔で、忠善が生前に先祖と自身の墓を建立したものです。

水野家四代の墓所
緒川城主三代の墓所

【緒川城主三代の墓所】
(おがわじょうしゅ さんだいのぼしょ)

於大公園東の林の中に、緒川城主初代貞守・二代賢正・三代清忠の墓があります。3基とも同型で、高さ1メートルほどの五輪塔です。

極楽寺の楠

【極楽寺の楠】
(ごくらくじの くすのき)

極楽寺境内の土手にそびえる目通り約4.2メートルの大木です。樹齢も300年以上経っていると思われます。

伊久智神社大楠の森

【伊久智神社大楠の森】
(いくぢじんじゃ おおくすのもり)

伊久智神社社殿の北側一帯に広がる社叢を大楠の森と呼んでおり、目通り約4.7メートル、樹齢約450年という町内最大の大楠をはじめ、樹齢数百年を数える楠の大木が並んでいます。昭和52年に町の木に楠が選ばれた由縁でもあります。

地蔵院のイブキ

【地蔵院のイブキ】
(じぞういんの いぶき)

地蔵院境内にあり、昔から参詣する人々に親しまれてきたイブキの大木。目通り約3メートル、樹齢は約300年は経っていると思われます。

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